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先日読んでいた本『あやうく一生懸命生きるところだった』の中に、軽い衝撃を受けたページがありました。



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失敗したらどうする?

思いっきり後悔すればよし。

著者は、ドラマ『孤独のグルメ』の中のセリフも取り上げておられます。

「まずは当たって砕けろだ。失敗したときは後悔すればよし」


同じ後悔するなら、やらずに後悔するよりも、やって後悔する方が良し。

そう考える人は多いと思います。私も同感です。ただしそれは後悔することが前提の話ですね。

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ここからは別の話になりますが、私達は時として「後悔」を回避したり、「後悔」から逃げようとしていることがあるような気がするのです。

失敗することよりも、むしろ「後悔」という感情がイヤなのかな。

失敗しないように…ではなく、後悔しないように…が指針になっているような。

失敗は悪ではないけど、どうも後悔は悪者のイメージがついて回ります。

「失敗は成功のもと」「マイナスをプラスに」と言いますし、失敗が転機になって別の道が開けることも大いにあります。

時間がかかるかもしれなくても失敗してもいつか立ち直れるけど、後悔はいつまでも引きずってしまいそうで、それがイヤなんです。

後悔はそもそも後ろ向きだから希望が感じられません。

逃げるから追いかけられる。
後悔することから逃げなければ、追いかけて来ないかもしれない。

後悔したって死にはしない。
溺れても死なない海とわかっているなら、いっそのことどっぷり後悔の海に浸かってしまおうか。

いつか浮かび上がってこれるでしょう。(か?)

自分の言葉に真実味がなく自信が持てないのは、私が60年間でそれほど強い後悔に苛まれたことがなく、イメージで考えているから(^^;

軽々しく口にできるような軽い後悔なら日々ありますが、後悔とひと言で言っても色々あり

「思いっきり後悔すればよし!」と言うことが残酷な場合もありますからね。

少し前に観ていたドラマの中に、「悔いることは立派な行為だ」というセリフがあって再びドキッっとするのでした。

後悔をそんなに悪者扱いしなくても良いのかなと思うのです。

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池江璃花子さん、オリンピック出場が内定され本当に良かったですね。見事な復活で、見る者に希望を与えて下さいました。

「努力は必ず報われると思いました」と、涙ながらにおっしゃっているシーンの傍らに、さきほどの本がありました。

その中には、「努力したって、必ず報われるわけではない。努力は僕らを裏切る。」とも書かれていました。

著者は決して努力することに否定的なのではなく

「努力してもどうにもならないとか、努力した分の見返りがない場合もある一方で
努力した以上の大きな成果を収める場合もある。」とおっしゃっています。

その人が経験したことによって、出てくる言葉は違ってきて当然だと思うのです。

努力は必ず報われるは、報われた経験のある人だけが言える言葉。

でもそれを人に押し付けるのは少々無責任なのかな‥と。(池江さんは決して押し付けてはおられません)

親の言葉や教えが全てである年頃の子どもに掛ける言葉としては、責任が重いです。

「努力して報われる人もいるけど、報われないこともあるんだよ。だけど結果は努力してみないとわからない。」

私の経験値ではそう言うことが精一杯でしょうか。

それともそんな言葉掛けは過保護であって、身を持って学んでいくべきことでしょうか。

ちなみに私は死にたいほどの後悔も、死ぬほどの努力もした経験はありません。