ありふれた毎日

家族はアラカンの夫と私 ひとり暮らしをしている娘 半同居の息子 2019年末に月へ帰ったうさぎのティンちゃん。
旅行が好き。ブログの半分は旅日記で、残りはありふれた毎日のかけら。そろそろシニアに向けての夢の旅仕度をしなくちゃなぁ。

2007年02月

18日(日)の未明、義母が安らかな眠りにつきました。夫がひとり病室に付き添っている時でした。静かにその時を迎えたという状態だったそうです。

私が対面した時には、とてもきれいなお義母さんでした。こんな安らかな顔のお義母さんを見たのは、何年ぶりだったでしょうか。義母がラクになれたことが、唯一の心の救いでした。

自分達が主になって色んなことを進めていくのは初めてのこと。私は料理と飲み物担当。人数を確認し、料理屋さんに注文し、バタバタと動き回ってしばし悲しみを忘れていました。

親戚やご近所の方、義兄や夫の知人友人方がお通夜に参列して下さいました。有り難うございました。そしてメールを送ってくれた私の友人にも、心を込めてありがとうと言います。人の死が、人の優しさを感じさせてくれ、こういう時に人とのつながりを実感します。自分達だけで生きてるんじゃなかったんだということに気づかされ、人様の支えやつながりがあって、こうやって自分達の幸せな暮らしがあったのですね。寒い真冬のお通夜でしたが、優しくて暖かいものを感じる夜でした

いつも応援ありがとう

夫の実家に私ひとり 20日間ほど殆ど人の出入りがなかったけど、思ったより埃も立たずきれいだった。まず仏壇に手を合わせた。仏花はまだ綺麗に咲いてくれていたので、心の中でお礼を言ってお水を替えた 部屋中に掃除機をあて、ざっと雑巾がけをし、義母の使っていた布団に白いシーツをかけ、床の間に敷いた。

実家がよく注文していたお寿司屋さんと、御用聞きの酒屋さんに電話をする お寿司屋さんは、定休日であっても配達させてもらう、と言って下さった 酒屋さんは留守中に何度か来て下さっていたようで、実家の変化に気づいて下さっていた 日本酒やビール・・流行のディスカウントストアを利用すれば節約できることは知っていたが、最後の注文は義母が50年来のおつきあいをしてきた酒屋さんにしようと決めていた

私は、義母がずっと守り続けてきたこの家にひとりいて、小柄な義母が忙しそうに部屋から部屋を移動する姿を思い出したり、台所に立つ姿を思い出していた。私達が泊まる時は必ずお布団を敷く時に手伝って下さっていたなぁとか、冬は部屋の温度を何度も気にしてくれていたなぁとか、思い出すことは次から次だったけど、今はまだ泣けない 泣かない。


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今日は義母の病院へ行くと、たくさんの親戚がやって来た。息子家族、妹さん、甥っ子さん、姪っ子さん、斜め向かいのご近所さん。

酸素マスクをつけようとしているときのこと、義兄がその看護師さんを叱った。「アンタ、もうちょっと丁寧に扱って、物と違うんやから」と。首をかしげるような出来事がわずか数時間の間に2度3度続いたのだ。

その後、看護師長さんが謝りに来られた時、「どの分野の仕事にも適正があると思うけど、あの看護師さんは資質が低い。適正がないと自分は思う。謝ってくれなくて良いから、看護師長さんの権限で担当を替えて下さい。」と義兄が言った。

自分の母の命を最後まで尊厳し、敬う言動だったと思う。


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バレンタインデー 昨日娘の学校は推薦入試の為に在校生は立ち入り禁止 つまりバレンタインデーなのに学校は休校。殆んどの女子はこの休みを利用して手作りチョコやお菓子を作って、明日の教室はさぞ甘い香りでいっぱいなんだろうなぁ。女子だけ友チョコで盛り上がって、それを男子が指をくわえてながめてるという絵ができあがるに違いない

友チョコとか…たいがいにして欲しいわっ 本当に仲の良い友達だけにするならまだ良いけど、クラス全員とか部活全員とか…やめようよ 意味ないよ。。

失敗が許されない前日前夜の娘のお菓子作りにハラハラ ブラックチョコレートの苦味と、甘く煮詰めたりんごの甘さがマッチして、甘さをひかえた生クリームを添えて食べたいような“りんご入りブラウニー”の仕上がりになった やれやれだ

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数日前、夫から届いたメールに、「2月中にパスポート作って」とあった 実はずいぶん前からわかっていたことだけど、この6月にハワイへ行けるらしい 5年に一度の恒例行事で、家族も同伴させてもらえる社内旅行なのだ。私はこの日のために毎月自動積み立てのハワイ貯金をしていたことも忘れていたほど、現実味がなかった。前回は出発の前日にNYテロが起きて、まさかのドタキャンだったのよねぇ

今年は・・・義父や義母のこともあり、80%くらいは行けないだろうと決めていた。前にブログにも書いたことがあるが、だいたい私がいそいそとガイドブックを買ってきて、あれこれ下調べをしたりすると、その旅行は実現しないことが多い。それでも良かった。だから今回はハワイ本を2冊も買って、あれこれ夢を馳せ、あのお店に行きたいなぁとか、このお店で食べたいなぁと考えるだけで十分楽しかった

だいたい6月は娘の高校最後の文化祭のある月だ。吹奏楽部でなければ文化祭など足を運ぶこともなかっただろうけど、それと重なる確立もある。義母にもしものことがあったら、ハワイなんかに行っててよいのだろうかとも思う。でも義母ならきっと、「行ける間に色んなところへ行っておきなさい」と言ってくれるだろう。

半信半疑のハワイ旅行 職場のビルの中に市役所の出張所があるので、昨日仕事�@の後でそこへ寄って戸籍謄本を発行してもらった。パスポート申請用紙もここで手に入った。前日ドタキャンの経験のある私は飛行機に乗るまで本当に行けるか信じられないが(いや、あの時は機上でニュースを知ってそのまま引き返して来た先発隊もいた)、最近では久し振りに胸が躍る出来事だった


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昨日、夫は昼前から母を見舞い、私は頼まれたオレンジを買って昼過ぎから病院へ向かった 義母は日に日に出来ることが少なくなっていく。10日前には、車椅子に乗っていた。1週間前には私とたくさん会話していた。3日前にはお箸で食事をしていた。日に日に眠っている時間が長くなってきた。娘が修学旅行のおみやげに買ったタオルのハンカチを握って眠っている義母の姿を見た時、思わず顔がゆがみそうになった

夢かうつつかわからない状態。「今ゆきちゃん(孫娘=yukika)がパンを買いに行ってくれてる」と言われた。夢の中にyukikaがいるらしい。「パンほしいですか」と尋ねると「そやなぁ。香りだけ」 駅前のパン屋さんへ買いに走るとあいにくの休業。近くにコンビニもないので病院に戻り、売店で一番香りを感じそうなメロンパンを買う。

食事も入らないので、いったんは病院食をストップするが、やはり食事を見るだけ見たいと本人が言ったらしく、配膳はされているようだ。食事は食べられなくても視覚と嗅覚で味わわれる。そんなところもお義母さんらしい。

yukikaがもう一度おばあちゃんに会いたいと昨晩言ったけど、10日ほど前に会った時のおばあちゃんの顔と声と姿を記憶にとどめておいて欲しいという勝手な私の思いが働いて、昨日は連れて行かなかったのだ。まぁ、彼女も昨日は一日に3カ所を飛び回る忙しさだったので多少の無理はあったのだけど 連れてこなかったことを思わず悔やんだ。「孫は元気をくれる」と前に何度も言ってたことを思い出したから。

時々お茶を欲しがられるので、ほんの少し口に含ませてあげると、「元気になって此処へ来よね。ええとこや。」とおっしゃった。お義母さん、いま誰とどこへいるの 良い夢を見られているようだ


画像は、小学校の修学旅行(今から5年前)のおみやげに
おばあちゃんに買ったハンカチ。これも大事に使って下さっている。
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家の体重計の電池がパワー不足になっていて、この1ヶ月半ほどの間は体重計に乗るとErrorの文字が・・・ちょっと電池を交換すれば良いことなのだけど、体重に一喜一憂しない生活は開放感があってなかなかステキ しばらく体重計に乗らない生活を過ごしていた。

それでも着る服やスカートによってはぽっこりお腹が目立ってきたり、ウエストがきつくなったりするものだから、体重計に乗らずとも測れる状況だったのだけど(苦笑)

昨日、何と親切なことに(笑)、夫が体重計の単三電池4個を交換してくれていた。「久し振りに体重が測れるわッ」という喜び半分、これでまた体重計に管理される生活だという気持ち半分。恐る恐る乗ってみた

1ヶ月半前に比べて1.4キロ増。まぁ、こんなもんでしょう 2キロくらいは増えていてもおかしくないくらい食べていたからなぁ。でも普通、義母の入院で少しくらい心労がたたって痩せたりしないかいと自分の体脂肪の無神経さを疑ってみた



画像は、先日母と食後に食べたクリームぜんざいセット。
こんなのが大好きだから痩せる暇なしなのよねぇ~
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昨日は実家の母から受け取る物があって、梅田で会って来た 前に「私に何か出来ることがあったら、ゆうてや」とメールをもらい、私はそのメールを義母を見舞った帰りの電車の中で読んでとても嬉しかった。

「今日のお昼ごはんは奢るよ」と母が言い、和食の「楓林」というお店でちらし寿司のセットをご馳走になった 私が奢る時は安いものしか注文しない母なのに、こういう日は気前が良い 年金と少ないパート収入の生活なのに申し訳ないなぁと思いながら、素直に甘えることも親孝行だと最近ようやく悟ってきた(笑)。

義母の話をすると、人目をはばからず涙する母 ふたりが会ったのは数えるくらいだけど、私が「お母さん」と呼ぶふたりの母、不思議なご縁で結ばれているのだものね。いつも恒例の紙袋イッパイの野菜や惣菜を、阪神電車構内のロッカーに預けておいたらしく、帰り際にロッカーの鍵を手渡された。短い時間だったけど私は十分癒され、重い紙袋にも今日は腹を立てることもなくいつもの生活に戻った


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ここのところ、病気の義母を見舞うブログが続いている。読んで下さった方には明るい話題でなくて申し訳ないが、ブログはまず自分自身の為に書いているものだから、やはりきちんと記録しておこうと思う。

それともうひとつ・・・親の最期を見届けるというのは誰にもいつか訪れる時だから、同じような立場に立たされた人に、「こんな頼りない私でも直面したことだから(今はまだ乗り越えていないが・・)」と、少しでも励みになると良いと思った。

以前のブログに書いたことのある田辺聖子さんの『残花亭日暦』という日記形式の本と、この時期に出会えたことは運命だった。多忙な作家仕事をしながらご主人の「カモカのおっちゃん」を介護する毎日でありながら、さすが田辺さんだなぁと思ったのは、つらいはずなのに読む人に不幸を感じさせないところ。随所随所の文章が素敵すぎて、いちいち私の心にひっかかった。

例えば---


テレビの音は絞ってあって、病院内は静かだった。広い窓の外は半分、夕焼け。そんなつもりはなかったのに、そばの小椅子に座り、おだやかな表情の彼を見るうち、子どものように顔がゆがんで、涙が出てしまった。彼は私に目を当て、ゆっくりと一語ずつくぎりながらつぶやく。<かわいそに。ワシはあんたの。味方やで>―-ここでわッと泣ければよかったのだが私は涙が引っこんで、思わず笑ってしまい、<なにも五七五でいわなくてもええやないの、パパ!・・・・・それ、川柳のつもり!?>うるわしい夫婦愛の愁嘆場がお笑いになって、彼もにやりとした。

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そしてふと思った。<かわいそう>と思ってくれる人間を持ってるのが、人間の幸福だって。<愛してる>より、<かわいそう>のほうが、人間の感情の中で、いちばん巨きく、重く、貴重だ。

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帰ってすぐ病院へ。<おそい>と彼にいわれたのはよかった。<遊びすぎて、ここへ来るの、忘れてた>と私。<あほ>あほがでるならいいや。彼は手をのばし、私の琥珀のペンダント触れた。私のアクセサリーに興味をもったことなど、ない彼なのに。私が、<これ、琥珀よ。でもダイヤのが欲しい。こんど買ってね>といったら、思いもかけず、彼から、<うっせえ>いつもの口癖が出、嬉しいはずなのに、なぜか、のどがつまってしまった。

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あとがきより(林真理子)

「いささかは 苦労しましたと いいたいが 苦労が聞いたら 怒りよるやろ」 こう歌を詠み、自分に起こった現実を苦笑いしながら見据えようとする。これこそ田辺文学の真骨頂であろう。

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私たち田辺ファンは、昔から本によって多くのことを先生から教わったのであるが、人生のいちばん苦く重たいものを笑って受け止めるというのもそのひとつだ。仕事とご主人の介護はなみたいていのことではなかっただろう。ひとつ間違えばお涙頂戴の手記になってしまうが、田辺先生はそんなことはなさらなかった。人はやがて老いていって、愛する人とも別れなくてはならない。しかしそれも味わわなければ、人生は完了したことにはならないのだ。私たちが目をそむけようとするこの事実を、田辺先生は水が染みていくように綴ってくれる。


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今日も仕事�@の後で義母の病院へ 病室の戸を開けると妹さん(夫の叔母)がソファに座ったままで、居眠りをしているところだった

お義母さんと13歳違いの妹さん、まだ学生だった頃に母親を亡くされているので、それからは姉である義母が母代わりだったらしい。

人生には自分が作られた家族と、自分が作った家族がある 自分が作られた家族の中で自分だけが最後に取り残された時は寂しかった…とは、職場�@のおじさんが言ってた言葉。そんなものなんだなぁと思って話を聞いていた。

叔母さんにとって義母は、育てられた家族の最後の肉親。私達は叔母さんにお世話をかけ通しだ 本当なら嫁がしないといけないことを殆んど叔母さんがして下さっている。疲労もたまっていると思う 今日は少し早めに帰って頂いた。

今日は他の家族の帰宅が遅いのを良いことに、いつもと違う路線で帰り、なつかしい京阪モールに寄り道する。娘の好きそうなお店がいっぱいだ 世間はバレンタインムードで、洋菓子売り場の横を通りながら気持ちが明るくなった 甘~いムードにつられて、おいもさんのお店“らぽっぽ”のポテトアップルパイを買って帰る。


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