ありふれた毎日

家族はアラカンの夫と私 ひとり暮らしをしている娘 同居の息子 2019年末に月へ帰ったうさぎのティンちゃん。
旅行が好き。ブログの半分は旅日記で、残りはありふれた毎日のかけら。そろそろシニアに向けての夢の旅仕度をしなくちゃなぁ。

2006年04月

昨日、息子の参観に行く前に、Eさんと学校の近くでイタリアン・ランチをした マンションの1階にあるレストランで、とても美味しかった 目立たない住宅地、それも表通りでもない場所に隠れてるなんて もったいないなぁと思ったけど、そんな心配をよそに、お客さんが後を絶たない

美味しくてキレイな食事にカメラを向けたかったけど、私達の座ったカウンター席のすぐ向こう側にシェフ達がいらっしゃったので、さすがに勇気がなかった。なので、食事前のこんな画像だけ(笑)

食事しながら積もる話を色々した。上の子どもも下の子どもも同い年。以前は同じマンションに住んでいたので、もう16年来のお付き合いになる。上の娘達はそれぞれ違う高校へ通っているけど、同じ神戸市の公立高校でも、学校が違えば色々と面白い違いがあって、そんな話も興味深かった。

下の子どもはそれぞれ男子・女子の違いはあっても、2番目の子どもという面では共通点もちらほら。 自己主張が強く、なかなか親の思い通りにならないところなんて、私はキツツキのようにうなづいてしまった 

この前、中学・高校に入学したと思ってたのに、もう1年過ぎたねぇと話す。来年はダブルで受験生よ、どうするよぉと、ふたりで顔を見合わせてしまった 私、少しは気苦労して痩せてるかな。。と思ったけど、口にするのはやめておいた

今日は中学校の参観・懇談会と、6月に行われる「トライやる・ウィーク」の説明会があった。週5日仕事をしていた半年の間、as●kiの参観と懇談には一度も行ってやれなかったので、中学校の門をくぐるのは久しぶり 親が来ない参観の味を占めてしまった息子は、「今日も来なくていいよ~」だったけど、授業の終わりの20分ほどだけ参観した。

それにしても姿勢が悪い ちゃんと前を向いて座ってはいるのだけど、背中は丸くなってるし、何と言うか緊張感の漂わない座り方だ。目が合ったら睨みつけてやろうかと思うのだけど、授業中一度も目をあわそうとしない 小学生の頃は、いつも手を振ってくれてたのになぁ さすがに高学年では手は振らなかったけど、目が合うと「やぁ」という具合に軽く手をあげてくれてた可愛い息子は、何処へ行ったぁ~

今日の懇談は、自己紹介と役員選出があった。事前に役員決めに関するアンケートが出ていたけど、私は「他になる人がいなければ引き受ける」にチェックを入れておいた 

仕事も減らし、求人広告を見るのは長年のクセのようなものだから毎週チェックはしているけど、さし当たってすぐに仕事を増やす予定はないので、今年は子どもの学校の方にも少し目を向けてみようと思う。義父も義母も、今より状態が良くなるという可能性はないので、来年よりも今年の方が、まだ私の時間も他のことに使えるだろうし・・

それに「男の子は中2で化けますよぉ」という言葉を、あるお母さんから聞いた。難しい年頃だという意味なんだと思う。今日もグランドで練習している野球部を眺めながら、他のお母さん3人と長い間立ち話をしていた 私達、偶然3人とも同い年。その内のひとりのお母さんと子どもさんは、つい最近長くて暗いトンネルを抜けられ、今は晴れやかな表情をされていた。良いお話を聞かせてもらって、私もすがすがしい気持ちになれた

と言うわけで、めでたくクラス役員になり、さっそく今週の金曜日は1回目の幹事会があるので、仕事を木曜に変更しなくちゃなぁ 役員になったって話したら、きっとas●ki嫌がるだろうなぁ、 プハッ

画像は我が家のゴジラ、いつ暴れ出すかわからない

昨晩、母と子ども達と4人で近所の焼肉屋さんへ行った帰り、TSUTAYAでそれぞれがDVDやCDをレンタル そしてリニューアル・オープンしたスーパーに寄ってお買い得品を買ってふらふら夜風に当たりながら帰って来た

外食帰りのTSUTAYAは最近のコースになっていて、母も韓流ビデオがどの当たりに並べられているかを覚えてる だって、TSUTAYAのドアを開けてから迷うことなくそのコーナーへまっしぐらだったモン(笑)

この日レンタルしたのは、「私の頭の中の消しゴム」。主演はチョン・ウソンとソン・イェジン 若年性アルツハイマーにかかったソン・イェジンが、愛する夫のチェン・ウソンのことを忘れてしまう恐怖から、彼のもとを離れて行く。時々記憶がよみがえる瞬間に、愛しているのはあなただけですと逸る気持ちを手紙に書き残して。

ソン・イェジンさんは、清楚で可愛くて大好きだなぁ。それにこの映画は良かった 純愛映画のようでもあるけど、根底に抱えているのはアルツハイマーという病。将来の自分達夫婦や親子にも、いつ襲い掛かってくる病かもしれない。

昨日観た映画「連理の枝」と言い、先日読んだ「博士の愛した数式」と言い、記憶傷害や病に侵された後の人生について考えさせられることが続いた。正直、考えてるだけでは何もわからないし、何も変わらない 

もし、親や夫や子どもに自分が忘れられてしまったとしても、毎日夫や子どもと新しい出会いを繰り返す。「昨日の今日」ではなく、毎日が新しい「今日」 新しい気持ちで「おはよう」と言えるだろうか・・ 他人ならそうすることはたやすいと思う。絆が強ければ強いほど、そんなふうになれるまでに葛藤するんだろうな、この主人公達が苦しんだように。

避けては通れない問題だけど、ちょっと考えてると重くなってしまった 

つい先程、夫が4日ぶりに東京から帰ってきた 今回のお土産は「東京ばなな」ではなく、何故か伊勢名物の「赤福」 ぴぃちの旦那様と言い、どうして東京土産が赤福なのか疑問に思いつつも、同じことをする愛すべき夫達が何故か可笑しかった

今日は母と、韓国映画の「連理の枝」を観に行った。主演はチェ・ジウとチョ・ハンソン。封切の初日に映画のチケット売り場の列に並ぶ私は、どこから見ても熱烈な韓流ファンにしか見えないんだろうなぁと困惑しながらも、嬉しそうな母を見ていると、そんなことはどうでもよくなった(笑)

韓国映画やドラマって、わりとシンプルでロマンチックなタイトルが多いような気がしていた中、この「連理の枝」というタイトルは不思議な響きだなぁと感じていた。『二本の樹の枝が絡まり、一本の樹のようになっていく様。まるで心も体もひとつに溶け合っていくような永遠の愛の伝説』・・と、相変わらず甘~い解説

映画の前評判はとても酷評されているようだったので、母には「2時間ドラマを観るつもりで行く方が良さそう」と話していたけど、観終えた後のふたりの感想としては「悪くなかったよねぇ。良かったねぇ」だった。

初め、ただのプレイボーイにしか見えなかったチョ・ハンソンが、段々良い人になり、最後には意外な展開があって、とても愛しい人になっていた

自分の命が残り少ないと知った時、自分ならどうするかと考える。考えると恐くなって、考えることから目線を反らしている 恋愛的な愛はなくても、家族愛、友愛に支えられ、ありふれた毎日を全うして静かに生きるか

もし、自分の愛する人の命が残り少なくなったらどうする。恐ろしく寂しくて、やっぱり考えることから目を反らしてしまう。

前に見ていたテレビ番組の中で、細木数子さんが学生に、「人間は何の為に生きているか」と質問を投げかけた時、勇気ある男子高校生が「幸せになるため」と答えた。「バカッ 幸せに死ぬ為だよ」と一喝した時、私はとても不快感を感じた。答えはひとつでなくても良いはず。高校生の男子が「幸せになる為に生きる」と感じたことは、少なくてもその時の彼にとってはひとつの真実だったのだから、それで良いじゃないかと思った。

でも、今日の映画を観た後、「幸せに死ぬ為に生きる」は悔しいけれど私にとっても真実になりつつあった。生きている時々は、自分で不幸を嘆くことがある人生でも、死ぬ時に「幸せだった」と言っていたい。今日のチェ・ジウは、最後は最高に幸せだと言って、チョ・ハンソンより高いところへ逝った。

今日は曇りで、少し肌寒い一日だった 仕事の帰り、本屋さんで一冊だけ文庫本を買い、下階にあるコープで食料品を少し買って帰る 今日買った本は乃南アサさんの「あなた」 本を選ぶ時、娘も一緒に読めることを意識して本選びをしていることが多くなった。(私には、ちょっと若過ぎる世代の本もあったり、懐かしい世代の本だったりもするんだけど。。) 

この間、友達が勧めてくれた小川洋子さんの「博士の愛した数式」を読み終えて、今はyukikaが読んでいる。暖かくて切ない小説だった。読み始めた時、もしや博士に奇跡が起きて、80分しか続かない記憶なのに、家政婦の「私」とルートのことが記憶に刻まれるんだろうかなんて期待もしたけど これはそんなお話ではなかった。あまりにつまらない期待をしたことに、自分自身でがっかりしてしまった もっと深い深いところにある人間愛の話

私の義父、つまり夫の父は、昔患った心筋梗塞の影響で軽い脳梗塞があり、年齢相応に物忘れもひどかったりする。もっと言ってしまえば、軽い痴呆の症状もある。普段の生活には大きな支障もなく、スローテンポではあるが自分のことは自分でするし、会話していてもウィットに富んだ冗談は孫にも大受け どこが痴呆なのと知らない人なら感じると思う。かかりつけのお医者さまに「どうですか」と尋ねられれば、「ピンピン走り回ってます」なんて強気なことを言うので、義母は困惑している 

妻(夫の母)が入院したり、たくさんのお客さんが来たりと、いつもと違う環境になった時はひごく混乱した。同じ質問を何度もしたり、でも自分でそのことに気づいてるから、「同じことを何べんも聞くようで悪いが・・」とおっしゃるところが、余計に気の毒だった。「何回でも聞いて下さいよ。何回でも答えますから。」と私が言うと、安心したようだった。

記憶がなくなる・・人間にとって、恐ろしく不安なことなんだろうなぁ。さっきまでの自分の拠り所がなくなるわけだから。博士にとっての私とルート。名前や誕生日などは忘れてしまっても、確かに通じ合っていたに違いない。ありふれた言葉でしか表現できないけど、それが「人間愛」なんだろうなぁ、きっと。

今日から夫は3泊で東京へ出張。初めて神戸空港から羽田行きの飛行機を利用してみた 出張と言っても、空手の総本部道場での合宿に参加するため。

乗り物のチケットや宿泊ホテルを手配するのはいつも私の役目。総本部道場の近くにある とあるホテルは意外に知られていなくて、「総本部近辺の宿泊施設」一覧表にもリストアップされていないので、夫は「知られたくない穴場ホテル」とひそかに楽しんでいる。

地下にはきれいな温泉もあるし、900円のバイキングの朝食も東京のホテルでは格安だと思う。夫は私のことを「良いホテルを探すのが上手い」とおだてるが、私もまんざらホテル探しの作業は嫌いじゃない。もちろん私達にとっての良いホテルというのは、一流ホテルじゃなくて、値段が手頃で清潔で交通の便も良好で・・という条件なのだけど。

ホテルは昔から好きだった 親の影響が多分にあって、中学生の頃に父が大阪のロイヤルホテル(現リーガロイヤル)へ食事に連れて行ってくれたことがある 今でこそ大阪にも世界の一流ホテルチェーンがたくさん出来ているが、当時の一流ホテルと言えばロイヤルホテルかプラザホテルくらいしか中学生の私には思いつかなかった

コンシェルジェの女性がふたりいらっしゃって、父が「あんな仕事も上品でいいな」と言った ほれほれ、まだ夢多き14歳頃のこと、自分だって頑張って勉強すれば英語も話せるようになると希望を持ってた頃の話だから笑って聞き流して下さい~

宿泊先のホテルで、何かの用でフロントへ電話をするように父に仕向けられ(わりとそういう体験を子どもにさせる親だった)、「こんばんは、○○様と電話に出られ、まぁホテルなのだから宿泊者の名前がわかって当然なのだけど、挨拶と一緒に名前を呼ばれたことがとても新鮮で気持ちの良いものだなぁと子ども心に感じた。

お客様に心地良い時間と空間をサービスしてくれるホテルの仕事に少し関心を持ったのもその頃のこと。病気をしたこともあって自分の健康・体力に自信が持てず、24時間体制のホテル業は職業選択の候補には入れなかったけど、昨日のブログの流れで、若い頃のどんな体験が将来の職業に結びつくかわからないなぁと思った。

あれから30年、今は夫のコンシェルジェをしている私ぃ~ ちょっと偉そうで態度の悪いコンシェルジェだけどぉ~

今日は、H美ちゃんとY子さんとサンマルク・ランチに行った その名も「ランチの女王」コース。

ふたりとも、as●kiの空手を通して7年目のおつきあいをさせてもらってる。たまにしか会えないけど、子どもが同じ学年の男の子だし、色々情報交換させてもらったりで話題は尽きない

3人3様の息子達。個性も違うし、体格も違うし、部活も違う。食べる量も違う たったひとつの共通点は、かつて一緒に空手の稽古をしたこと。また子ども達とも会いたいねぇと話した。

うちは2番目の子どもということもあって、as●kiの受験に対する意識がとても低い(親も子も)。yukikaの時と違って、親の気持ち的にかなり「ゆとり教育」になっていて、この「ゆとり」が曲者なのよねぇ 先日もばったり会ったEさんに、「あっちゃんはどうするの 男の子だし、色々考えるでしょ」と言われて、「あっ、そうなんだ 男の子だからこそ進学のことを色々考えないといけないのかなぁ」と気づいた始末

先日ゆきかが話してた。小さい頃から、「将来について」考える時間をたくさん与えられてきた 小学生の頃は「将来について」作文を何回も書いた 中学生になると、「どうしてその職業につきたいか」を皆の前で発表した。高校でも職業調べをして発表もした。

将来についてはっきりした目標がある時は良い でも、目標を見失っている時や自信をなくしている時は、まるでそれがよくない状態のような気がして、常に急かされているような気がするのだと。

何となくその気持ちもわかるような気がする。「将来について」目標を見つけることからスタートする、それもひとつの道だけど、回り道したり寄り道したりしながら、目標に到達する道もある。焦って見つかるものでもない。だけどせめて、アンテナは高く伸ばして、色んなことに関心を持ったり自分を知ったりすることは大切だと思うなぁ。

画像はベランダの花(名前がわからない)。東条湖へ行った時、小さな球根がたくさんあったので、つまんで持ち帰ったら、毎年咲いてくれる

今日も雨 仕事の帰り、初めて乗る路線のバスで浜のダイエーへ向かってみた バスって、実は好きだったりする つり革に揺られるのは苦手だけど、高い車体から見る街の景色は、初めて見る景色だと余計に気持ちが踊る バスの中からその街の生活が見えたりするから

明後日から夫は東京へ3泊の出張 肌着が随分くたびれてきてたので、ダイエーで買お イヤ、実は先日泊まりに来た私の母が、取り込んだ洗濯物を手伝ってたたんでくれる時に、そのよれた肌着が見つかってしまい、「あんた、新しいのを買ってあげなさいよ」と母が哀れんだ そだね、買ってあげますとも、ダイエーの「お買い物券」で

ポイントでもらった「お買い物券」を、いつまでも使えずに持ち歩いてた。せっかくのお買い物券を食料品に使うのはもったいないような気がして。。ついでにチャッカリ自分のストッキングも買う

乗り慣れないバスの困ったところは、その路線が複雑でわかりにくい しかも便数が少ない。おまけに今日は雨 その上何を勘違いしたか、安さに負けて買い過ぎた バスがなかなか来ないので、意を決して歩いて帰ることにした 30分後、着古した肌着のようにすっかりヨレヨレ姿で家にたどり着いた私~

画像は、先日の夫の誕生日プレゼントに娘が選んだシャツ

今日の夕方、小雨になった頃にスーパーへ行くと、全面改装の為に本日は18時閉店で、青果や魚肉類などの半額セールをしていた 一瞬、目がキラ~ンと輝いたことが自分でも分かった(笑) 何ていいタイミングで来たんだろう 商品は残り少なくなっていたけど、色々買っても普段の半額

タイムリミットと言えば、我ながらスゴイこじつけだと思うけど、今日はas●kiの空手の県大会申し込みのタイムリミットだった 

私は息子には常々、「筋の通った人間」になって欲しいと思っている。例えば将来お金に困って、親にお金の無心に来る場合でも、「金、貸して」じゃ誰も貸してくれないよ。「僕はこういう事情で今お金が必要です。いつまでにこういう方法でこれだけのお金を返済するから、それまでにこれだけ貸して下さい」と頼んできて、初めてお父さんもお母さんも考える。

空手の試合に関しても全く同じ、「出ぇへんで」 「出たないから、出ぇへんねん」 これじゃあ「金、貸して」と同じこと。こんなやり方で世の中を渡って行こうなんていう甘い考えを持たれては困る きちんと自分の今の状況、試合に出たくない気持ちを説明するまで、それは通用しないとつっぱねた。期限を決めて、それまでに返事してちょうだいと伝えたにもお関わらず、あまり気にする様子もなかったので、事をうやむやにしてやり過ごそうとしているのでは困ると思った。「待ってたけど、何も返事がなかったので試合の申し込みをした」と伝えた。

息子の心情は大体わかっている。先日、息子の言葉の中にキーワードがいくつもあったから。それをきちんとつなぎ合わせて説明に来れば、試合参加はしないことにする覚悟は出来ていた。

「試合に出るとなると、それなりに時間を作って練習をしないといけない。緊張もする。モチベーションもあげていかないといけない。今、僕はその時間を野球の方に使いたい。」自分でそう言ったじゃないか 途切れ途切れではあったけど。


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今日は、岸和田の空手ママと次男君に初めてお会いできた 空手ママこと ゆかりさんとは、空手サイトの輪で知り合ってまだ1年足らずのおつきあいなのに、こんなふうに実際お会いして色んなお話をさせてもらって、今日は本当に嬉しい日だった。

その空手の輪に“りつ”も誘い込んで(笑)、今日はりつとも久しぶりに会って話せた りつは久しぶりに会っても時間の開きを感じない人。わりと人に気を使ってしまう私が、殆ど気を使わないでいられる人のひとり、人に気を使わせない人って良いなぁ。今頃パソコンの向こうでくクシャミをしているかな

昨晩、ゆかりさんから今日の確認のお電話を頂いた 初めて聞くゆかりさんの声は少しハスキーでハキハキしていて、私とは対照的だなぁと感じたけど、想像していた通りの元気で感じの良い人だった。

空手の練習にも参加され、少しでも学ぼうという前向きな気持ちがぐんぐん伝わってくる。有段者のゆかりさんを褒めること自体が大変失礼なことなのだけど、背筋がキレイだと夫も感心していた。

プラスになることを見つけようという姿勢なので、マイナス面のことは全くおっしゃらない。多分ふだんの生活においてもそうなんだろうと思う。それに、こんなに気持ち良く誰に対しても「ありがとう」と言う人は、久しぶりに会ったような気がする。

次男君は小5年生。初めて対面した時、立ち止まって90度のお辞儀をして挨拶してくれたね さすが空手少年 良いご家族を初め、良い空手の先生に習ったことがきちんと身についてて、我が家の空手少年の母は羨ましいよ

もっと時間があれば、子育てのことや暮らしの話などもできたのだろうけど、お楽しみはこの次に取っておくことにしよう

画像はりつに頂いた、りつの大好きな 六甲山の花の本。大切にします

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