7/24(火)のこと

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この日も夫と喫茶店モーニングへ。私は厚切りトースト。


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夫はサンドイッチセットにゆで卵を追加。
新聞や雑誌を読んだり、夏の仕事の打ち合わせをしたり、気持ちよく1日をスタートした。

娘はこんな父親の仕事ぶりを羨ましく思うらしい。
夫にも30年近いサラリーマン時代があっての現在。
社会の組織の中で経験を積んできたことが、今となっては大きな財産になっている。

最近は常識に捉われなくてもいいのかなと思うようになった。
息子の影響も大きい。

今更そんなふうに気づくのも、私が常識人間だからなのかもしれない。
誤解のないように書いておくと、私が常識のある人間という意味とは全く違い
私が常識を気にしたり捉われたりする人間という意味で。

こんな性格だから、常識を大きく打ち破ることはできない。
そんなことを無理にしようものなら、返ってそれがストレスになるので、あえて無茶はせず

常識の殻を少しだけ打ち破ると、これまでと少し違った景色がそこから見えたり
面白い人生が送れたりするのかなと、そんなことを考えているだけでわくわくする。

60歳を前にした今だからそう思えるような気もする。
自分の足で歩いて、好きなことが出来る残された時間を意識するようになったから。

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娘に、60歳を機にブログを変えてみたら?と提案され
そんなヒントになる本を手渡されて読んでみた。

一瞬、「新たな挑戦」と心躍ったけど、ライフワークのように毎日続けているブログの本質を変えることは
やっぱりやめておくことにした。

大袈裟かもしれないけど、このブログは私自身。
私の形を変えてしまうことは、自分が自分でなくなるような気がする。
なので私は変身を遂げることもなく、相も変わらぬありふれた毎日を続けていくことになりそう。

そう結論づいたけど、まだ何か新たな挑戦ができそうな気持ちが持てたことでは、娘に感謝している。
娘が直感的に言ってくれた言葉が、私の生活を変えた--ということが他にもあった。

K.willの歌を教えてくれたのも娘。
まさかここまでハマルとは思わなかったと、今では少々うんざりされているけど(^^;

自分に向けて助言や苦言をしてくれる人は貴重だと思う。
謙虚に受け止められれば、自分が変われるチャンスかもしれない。



「ライフワークとは、自分のなかにある《幸せの源泉》から湧き出る情熱を使って自分らしさを表現し、
まわりと分かち合う生き方」。
「幸せの源泉」とは、そこにつながるだけで、本人が幸せになるようなこと。
その人らしい本質で、静かなワクワクを感じ、つきることのない情熱がある場所である。

by Wikipedia