10/15 3日目

イクソンドンを後にしてからはこれといってマストの行き先は決めていなかったので
近くの仁寺洞通りを通って、雰囲気のある石垣が続く感古堂通り(カムゴダンギル)の突き当りで
夫と初めてふたりで渡韓した時の思い出のコンビニに再会した。

その時に使っていた古いデジカメの電池がなくなってしまい
そのコンビニで電池を買うだけなのにものすごく勇気が要った。
当時の私は韓国語を全く勉強していなくて
取り敢えず覚えて来た「オルマエヨ?(いくらですか?)」という韓国語を勇気を振り絞って口に出したら
通じた!

それが娘へのお土産話になるくらいだから、私が韓国語を話すのは当時としては相当レアだった。
あれから4年。「オルマエヨ?」くらいなら、何度でも聞いてあげられますわよ(笑)

あのコンビニ、写真に撮ってくればよかったなぁ。
お店の入れ替わりが早い韓国に、今もあってくれて嬉しかった。


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そこを左折してしばらく行けば、またまた夫との思い出の黄生家カルグクスというお店があったけど
その手前で気まぐれに道を変えてみると昭格洞(ソギョクドン)という住宅地だった。


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その街を通り抜けて三清洞(サムチョンドン)へ久し振りに行ってみた。
ここは本当に久しぶり。

良い印象が残っている通りだったのに、すっかり観光地化していて
歩き疲れていたことも手伝って少しげんなりし、もういいかなぁとすぐに折り返した。

三清洞へは、よほどの目的がない限りもう行かないような気がする。
自分も観光客のひとりなのに、妙な言いぐさだけど(^^;

そうそう、2度目の渡韓で母と揉めたときに、「うち、もう帰る!」と膨れた母が座って動かなかった
景福宮の前のバス停も見つけた。
ソウルには家族との思い出がいっぱい✨



明洞に娘の行きたいお店があったので、タクシーを拾った。
苦労してやっと拾ったのに、道路がとても混んでいて車が動かない。
運転手さん、良かれと思って方向転換するけど、そちらも混んでて らちがあかない。

運転手さんのイライラが伝わってきて
「ママ、もう降りようよ。『気が狂いそう』って(運転手さんが)言ってるよ。」と娘。

「道が混んでますね。ここで降ります。歩いて行きます。」と韓国語で伝えた。
娘と私、ふたりの韓国語を足せば、何とか渡り歩けるような気がする。


歩いていると、渋滞の原因は乙支路入口駅周辺でのデモだった。
何のデモだろう?と、掲げているものをチラリとみると、トランプ大統領の顔に落書きされているような
ものが見えたり、戦争反対の文字もあったり。

そういう歴史背景の時に娘と渡韓したことも、いつか思い出話のひとつになるんだろうな。
平和な状況で語れる思い出になってほしいものです。

+

今日は、東大阪市で大会物販。
一瞬だけどYさんのお顔が拝見できて嬉しかった♡

お忙しい立場なのに、もしかしてわざわざ足を運んで下さったのかな。
周りを元気にさせる魔法の何かをお持ちなのだ。

そのとき私は髪を振り乱して汗をかきながら後片付けしている時だったけど
一瞬にして疲れを忘れた。