昨日は一歩も外に出ずに家の中で過ごした 掃除や身の回りの整理整頓が最近は気分転換になるなんて・・ それだけ普段、きっちり家事をしていないってことなのよね 

一昨日のブログでも少し触れたのだけど、息子が友達にケガをさせてしまったということで、そのことに関わっていた5人が先生方の指導を受けた イジメや自殺という言葉を毎日のように新聞やテレビで目にしたり耳にする今日この頃のこと、学校も神経質にならざるをえない。

そんな中で、初めから説教口調の先生もいらっしゃれば、その反対に、「先生にも昔、マズイことになってしまったなぁというようなことをしてしまったこともある。」とご自分の失敗談を話して下さったりする先生もいらっしゃる。当然子どもが素直に耳を傾け、自分の心を開くのは後者の先生だ

私は最近、学校の先生はかつて勉強一筋で成績優秀だった人じゃなく、勉強が難しくてわからない子どもの気持ちのわかる先生が良いなぁと思う。わからなかったことや出来なかったことを克服する方法をたくさん知ってる先生なら尚すばらしい。

義務教育の間なんて、基本的なことだけを教えられたら十分なのだから、難度の高い問題をつきつけられたら、「ごめん、先生にもわからない」と答える先生がいたっていいじゃないかと私は思う 昔は、学校では教えてもらえないような高レベルな勉強をしたい人だけが学習塾に通っていたものなのに・・・

人に後ろ指を刺されず正しい道を歩んでこられた先生よりも、つまずいたり失敗したりという経験をされてきた先生が望ましいと思う。

私は学校の先生にならなくて良かった(苦笑) 成績優秀なんかじゃなくて、ごく平凡な成績だったけど、間違ったことがキライな性格だし、臆病者で、はみ出したことが出来るほどの勇気の持ち主じゃなかったので、人様に迷惑をかけたり後ろ指をさされたりという経験を殆どせずに大人になってしまった。

子育ての過程でもそのことはよく感じる。ある日娘に自分の過去を侮辱されたようなことを言われた時、私は真剣に娘を叱ったことがある 「お父さんもお母さんも、自分なりにその時その時一生懸命に考えて、誰にも迷惑をかけずに真面目に生きてきた。そんなお母さん達の過去を侮辱するようなことだけは言うな」と。

別の時に娘に、「お母さんは自分が一番正しいと思ってるでしょ」と言われたことがある。私の性格では、ある程度自信を持って言えることでないと断定しないので、ある意味娘の言ってることは当たっているかもしれない。子どもは決めつけられることを嫌う 断定して欲しくないのだろうなぁ。

「でもね」と語る前に、自分の気持ちをわかってもらいたいのだろう。もっと言えば、「でもね」以降は語って欲しくないのだろう。失敗やつまづきをたくさん経験している親なら、子どもがそういう立場に立った時の言葉のかけ方が違ってくるかもしれない。

「先生にもそんな経験はある」と言って下さった先生や、「ケガさせたからといって急にベタベタ仲良くする必要はない」と建て前を一歩踏み超えた意見をして下さる先生には信頼を寄せ、息子も素直になれたように。あの時息子に、先方のお父様が要求されたペナルティを言い伝えた野球部の顧問の先生は、「よっしゃ、何にもなかった顔をして、みんなのとこに行って来い」と息子を送り出して下さった。



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